八丁浜の名前の由来は浜の長さからきており、昔の長さの単位で八丁(町)もの長さのある浜ということです。1丁(町)は60間を表し、メートルなら約109mに相当しますので、八丁なら約872mになります。![]() 長い砂浜と水のきれいな「八丁浜」には、毎年多くの海水浴客が訪れますが、遠浅で波が立ちやすいことから、サーフィンのスポットとしても有名で、多くのサーファーが集まります。 ![]() ![]() 八丁浜と平行に広がる広大な土地は京丹後市都市公園「八丁浜シーサイドパーク」となっており、サッカーも出来る多目的芝生広場や子供が遊べる遊具も備わったちびっこ広場があり、トイレ・ベンチ・駐車場などの施設も充実しています。 日本海の雄大な景色を見ながら散策・休憩・スポーツなど、多彩なレジャーを楽しむ事が出来ます。 ![]() |
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日本の標準時である東経135度の子午線上の最北の地が網野町にあります。子午線最北の地には網野町のローマ字の「A」をデザイン化したモニュメントが建てられており、太陽光発電をエネルギーとした電気で、日本標準時と世界標準時をデジタル時計で表示しています。 子午線とは地球上を南北方向に結んだ仮想の線で、昔は方位を示すのに十二支を使い、北を「子」、南を「牛」読んでいたことから、この南北線を子午線と呼びます。そしてこの子午線上の真上を太陽が通過する時が正午になるのですが、地域により正午が刻々と変ってゆくため、日本では東経135度の子午線を明治19年に標準時と定められました。 ちなみに東経135度の子午線は日本では北は網野町から久美浜町→但東町→夜久野町→青垣町→氷上町→山南町→黒田庄町→西脇市→社町→小野市→三木市→神戸市→明石市→淡路町→東浦町を通り最南の地、友が島へと結ばれます。 ![]() |
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![]() 源義経(幼名:牛若丸)が生涯を通じて愛し続けた女性、静御前を祀った静神社は網野町磯集落のはずれにあります。 静御前はここ京都府北部の小さな漁村、網野町磯に生まれ、母と共に上京し白拍子という歌舞を業とする舞女であったが、その舞姿を義経にみそめられ、深く愛してしまうことで英雄「義経」の傍らで波乱の人生へと巻き込まれていった女性です。 この物語はNHKの大河ドラマで「石原さとみ」が静役を演じ、「義経」として放送されました。 静神社は網野町浅茂川地区と夕日ヶ浦・塩江を結ぶ海岸道路の脇にあり、静御前生誕の地である網野町磯地区と日本海を見渡せる高台にひっそりとあります。 ![]() ■ 丹後七姫伝説、「静御前」はこちらから |
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![]() 昔、七竜峠を通る旅人が頂上で休んでいると、小さな白蛇が旅人のそばによってきました。旅人は、いたずらに手にした煙管で蛇の頭をつつきました。すると蛇はたちまち大蛇となり、旅人を飲み込んでしまいました。 村人は、この白い蛇を「七竜のへび」と呼んで恐れ、峠に祠を建てて信仰したということです。この「七竜のへび」に願いをかける時は、鶏の卵をお供えするそうです。 |
![]() 七竜峠ロードパークからは久美浜の小天橋を一望できます。 |
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五色浜は波による侵食で出来た広い波食台で、色々な形の奇岩がつらなり、別世界のような雰囲気をあじわうことが出来ます。![]() 駐車場やトイレ、展望デッキ、自然歩道などが設けられ、五色浜園地としてきれいに整備されていますが、あまり知られていませんので、隠れた穴場の観光スポットとして、ドライブの休憩場所に立ち寄りたい所です。 ![]() 地元では大物の釣れるスポットとして冬でも人気のある場所ですが、鋭い岩肌や高波には十分注意が必要です。 ![]() |
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![]() 網野海岸道路を五色浜から塩江を抜け夕日ヶ浦に出ると、そこには山陰屈指の6kmにも及ぶロングビーチがあり、この夕日ヶ浦から西には浜詰、箱石浜、葛野浜、久美浜小天橋へと続いています。 ここ夕日ヶ浦はその名前に恥じない美しい夕日の見られる海岸として有名で、日本の夕日百選にも選ばれています。 ![]() ![]() |
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